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日本の紙幣に描かれている人物

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3:20 ✕53歳で亡くなりました→◎51歳

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これは日本にほんのおかねです。

これはコインこいんです。

これはおさつです。

コインこいんのことは硬貨こうかともいます。

さつのことは紙幣しへいともいます。

今日きょう紙幣しへいはなしをします。

これは千円札せんえんさつです。

これは5千円札ごせんえんさつです。

そしてこれは1万円札いちまんえんさつです。

ここには3種類さんしゅるいしかおさつがありません。

わたしいま3種類さんしゅるいしかっていませんが、実際じっさいにはもう1種類いっしゅるいあります。

もう1種類いっしゅるい2千円札にせんえんさつというおさつもあります。

ただ2千円札にせんえんさつは、いまはほとんど使つかわれていません。

さつると、どれもひとかおかれています。

この人達ひとたち日本にほんむかしの、歴史上れきしじょう人物じんぶつです。

今日きょうはこの三人さんにんのことを紹介しょうかいします。

一人目ひとりめ

千円札せんえんさつえがかれているこのひと名前なまえは、野口英世のぐちひでよといいます。

野口英世のぐちひでよはお医者いしゃさんです。

かれ明治時代めいじじだいまれました。

1歳いっさいとき左手ひだりて火傷やけどをします。

火傷やけどをしてゆびがくっついて、うごかすことができなくなってしまいます。 

でもかれ一生懸命いっしょうけんめい勉強べんきょうして、とても優秀ゆうしゅうだったそうです。

17歳じゅうななさいとき手術しゅじゅつけます。

手術しゅじゅつけてゆびうごかせるようになります。

そのときに「お医者いしゃさんってすごい!自分じぶん将来しょうらい医者いしゃさんになりたい。」と医者いしゃ目指めざすようになります。

22歳にじゅうにさいとき医者いしゃになり、そのアメリカあめりかヨーロッパよーろっぱわたって病気びょうき研究けんきゅうをします。

ちなみにかれおくさんはアメリカ人あめりかじんだったそうです。

そのアフリカあふりかわたって、黄熱病おうねつびょうという病気びょうき研究けんきゅうをしていました。

病気びょうき研究けんきゅうをしているときに、病気びょうき研究けんきゅうをしている最中さいちゅうに、自分じぶんがその病気びょうきにかかってしまい53歳ごじゅうさんさいくなりました。

二人目ふたりめ

五千円札ごせんえんさつえがかれているこのひと名前なまえ樋口一葉ひぐちいちようといいます。

このひと女性じょせいです。

樋口一葉ひぐちいちよう明治時代めいじじだいひとです。

彼女かのじょ小説家しょうせつかでした。

ほんひとでした。

「たけくらべ」という作品さくひん有名ゆうめいです。

彼女かのじょちいさいころからとてもあたまがよくてかしこ子供こどもでした。

学校がっこう成績せいせきもとても優秀ゆうしゅうでした。

でも12歳じゅうにさいとき学校がっこうくのをやめてしまいました。

なぜかとうと、樋口一葉ひぐちいちようのおかあさんがおんな勉強べんきょうしなくていい、おんなには勉強べんきょう必要ひつようないというかんがえだったからだそうです。

ですがおとうさんがサポートさぽーとしてくれて、その勉強べんきょうつづけます。

しかし樋口一葉ひぐちいちよう18歳じゅうはっさいときに、そのおとうさんがくなってしまいます。

彼女かのじょはまだわかいです。

まだわかいですが、家族かぞくのためにおかねかせがなくてはいけません。

そして「小説しょうせついておかねかせごう!」とかんがえて小説しょうせつはじめます。

彼女かのじょいた作品さくひん人気にんきました。

そしてたか評価ひょうかされました。

でも24歳にじゅうよんさいとき病気びょうきくなってしまいました。

まだわかいです。

とてもわかくでくなりました。

3人目さんにんめ

1万円札いちまんえんさつえがかれているこのひと名前なまえは、福沢諭吉ふくざわゆきちといいます。

福沢諭吉ふくざわゆきち江戸時代えどじだいまれました。

福沢諭吉ふくざわゆきちまずしいいえまれましたが、かれもとても勉強べんきょう熱心ねっしんでした。

一生懸命いっしょうけんめい勉強べんきょうしました。

英語えいごオランダ語おらんだご上手じょうずでした。

英語えいごオランダ語おらんだご堪能たんのうでした。

実際じっさいアメリカあめりかヨーロッパよーろっぱき、西洋せいよう文化ぶんか日本にほんつたえたり、ほん日本語にほんごやくして、翻訳ほんやくして西洋せいようかんがかた日本にほんひろめたりしました。

東京とうきょう慶応義塾大学けいおうぎじゅくだいがくという有名ゆうめい大学だいがくがあります。

とてもレベルれべるたか大学だいがくです。

その大学だいがくつくったのが福沢諭吉ふくざわゆきちです。

かれ慶應義塾大学けいおうぎじゅくだいがくつくったひととして有名ゆうめいです。

それからかれいた「学問がくもんのすすめ」というほん有名ゆうめいです。

学問がくもんとは勉強べんきょうのことです。

勉強べんきょう大切たいせつですよ。」とひろめたひとです。

今日きょう日本にほんのおさつと、おさつえがかれている人物じんぶつ紹介しょうかいしました。

今日きょうはこれでおしまい。 

またね!

これは日本のお金です。これはコインです。これはお札です。コインのことは硬貨とも言います。お札のことは紙幣とも言います。今日は紙幣の話をします。

これは千円札です。これは五千円札です。そしてこれは一万円札です。ここには3種類しかお札がありません。私は今3種類しか持っていませんが、実際にはもう1種類あります。もう1種類、に二千円札というお札もあります。ただ、二千円札は今は殆ど使われていません。

お札を見ると、どれも人の顔が書かれています。この人達は日本の昔の、歴史上の人物です。今日はこの三人のことを紹介します。

一人目。千円札に描かれているこの人の名前は、野口英世といいます。野口英世はお医者さんです。彼は明治時代に生まれました。1歳の時、左手に火傷をします。火傷して指がくっついて、動かすことができなくなってしまいます。

でも彼は一生懸命勉強して、とても優秀だったそうです。17歳の時に手術を受けます。手術を受けて指が動かせるようになります。その時に「お医者さんってすごい!自分も将来お医者さんになりたい!」と医者を目指すようになります。

22歳の時に医者になり、その後アメリカやヨーロッパに渡って病気の研究をします。ちなみに彼の奥さんはアメリカ人だったそうです。その後アフリカに渡って黄熱病という病気の研究をしていました。

病気の研究をしている時に、病気の研究をしている最中に、自分がその病気にかかってしまい、53歳で亡くなりました。

二人目・五千円札に描かれているこの人の名前は、樋口一葉といいます。この人は女性です。樋口一葉も明治時代の人です。彼女は小説家でした。本を書く人でした。「たけくらべ」という作品で有名です。

彼女も小さい頃からとても頭が良くて賢い子供でした。学校の成績もとても優秀でした。でも12歳の時に、学校に行くのをやめてしまいました。なぜかと言うと、樋口一葉のお母さんが、女はべんきょうしなくていい、女には勉強は必要ないという考えだったからだそうです。

ですがお父さんがサポートしてくれて、その後も勉強を続けます。しかし樋口一葉が18歳の時に、そのお父さんが亡くなってしまいます。彼女は若いです。まだ若いですが、家族のためにお金を稼がなくてはいけません。

そして「小説を書いてお金を稼ごう!」と考えて小説を書き始めます。彼女の書いた作品は人気が出ました。そして高く評価されました。でも24歳の時に病気でなくなってしまいました。まだ若いです。とても若くで亡くなりました。

三人目。一万円札に描かれているこの人の名前は、福沢諭吉といいます。福沢諭吉は江戸時代に生まれました。福沢諭吉は貧しい家に生まれましたが、彼もとても勉強熱心でした。一生懸命勉強しました。

英語やオランダ語が上手でした。英語やオランダ語が堪能でした。実際にアメリカやヨーロッパに行き、西洋の文化を日本に伝えたり、本を日本語に訳して、翻訳して、西洋の考え方を日本に広めたりしました。

東京に慶応義塾大学という有名な大学があります。とてもレベルの高い大学です。その大学を作ったのが福沢諭吉です。彼は慶應義塾大学を作った人として有名です。それから彼が書いた「学問のすすめ」という本も有名です。学問とは勉強のことです。「勉強は大切ですよ。」と広めた人です。

今日は日本のお札と、お札に描かれている人物を紹介しました。今日はこれでおしまい。またね!

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