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「鼻」 芥川龍之介 作(明治時代の日本文学)The Nose by Ryunosuke Akutagawa (Japanese literature from Meiji Era)

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このひと芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけといいます。

明治時代めいじじだいのとても有名ゆうめい小説家しょうせつかです。

かれ代表作だいひょうさくには、たとえば「羅生門らしょうもん」や「やぶなか」などがあります。

今日きょう芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ代表作だいひょうさくひとつ、1916せんきゅうひゃくじゅうろくねんかれた「はな」という短編たんぺん小説しょうせつを、わかりやすい言葉ことばはなします。

はな芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ さく

あるところにおぼうさんがいました。

このおぼうさんにはあるなやみがありました。

それははなふとくてながいことです。

ぼうさんのはな15cmじゅうごせんちくらいありました。15cmじゅうごせんち

ぶらーんとあごしたまでがっていました。

はなながいととても不便ふべんです。

たとえばしるもうとするとどうなるでしょう。

わんはなかってしまいます。こまりますね。

ぼうさんはどうやって食事しょくじをしていたんでしょう。

ぼうさんは一人ひとり食事しょくじをすることができませんでした。

食事しょくじをするときは、かなら弟子でしびました。

そして、弟子でしいたはなげてもらっていました。

ながくてがったはなげてもらわないと、食事しょくじができませんでした。

まわりのひとはおぼうさんのはなわらいました。

バカばかにしてわらっていました。

ぼうさん自身じしんも、自分じぶんはなのことをすごーくにしていました。

ふとくてながはなコンプレックスこんぷれっくすでした。

でもはなのことをにしているということを、まわりにられたくありませんでした。

なので、わたしはな普通ふつうだよ?とにしていないふりをしていました。

にしていないふりをしていたけど、こころなかではずーっとなやんでいました。

ぼうさんはこのコンプレックスこんぷれっくす克服こくふくするために、色々いろいろためしてみました。

たとえば、この角度かくどがいいかな、この角度かくどがいいかなと、どの角度かくど一番いちばんはなみじかえるかをためしたり。

あとは自分じぶん以外いがいにも、おなじようにながはなひとがいないかさがしてみたりしました。

仲間なかまつけて安心あんしんしたかったのかもしれませんね。

でもつかりませんでした。

ある弟子でし一人ひとりがおぼうさんのところにて「お医者いしゃさんからはなみじかくする方法ほうほういてきました。」といました。

どんな方法ほうほうかとおもっていてみると、その方法ほうほうとは、はなあついおでたあと弟子でしはなあしむというものでした。

そんな方法ほうほうはなみじかくなるなんて、ちょっとしんじられませんよね。

だけどおぼうさんはずーっとながはなコンプレックスこんぷれっくすなやんでいたので、本当ほんとうかな?とおもいつつも、やってみることにしました。

「よし!じゃあやってみよう」とって、その方法ほうほうためしてみることにしました。

まず熱湯ねっとうはなでました。そしてでたはなを、弟子でしんでもらいました。

するとはなからなんかてきました。

それを毛抜けぬきでって、もう一度いちど熱湯ねっとうでました。

そしたら、なんとあんなにながかったおぼうさんのはなが、本当ほんとうみじかくなったんです。

あごしたまであったおぼうさんのはなが、うそのようにみじかくなりました。

普通ふつうひとはなわらないながさになりました。

ぼうさんはどんな気持きもちでしょう。

当然とうぜんうれしいですよね。

にしないふりをしていたけど内心ないしんあんなににしていたながはなが、普通ふつうながさになったんですからね。

ぼうさんは、よしこれでもうだれはなわらったりしないだろう、もうみんなにバカばかにされることもないだろうとおもいました。

よしもうわらわれないぞとおもって堂々どうどうそとあるいていました。

ところが、普通ふつうながさになったはなでおぼうさんがそとあるいていると、まわりのひと以前いぜんにもしてわらうんですよ。

ゲラゲラげらげらはらかかえてわらうんです。

みんなまえはなながかったころ以上いじょうに、おぼうさんのことをバカばかにするんです。

ぼうさんはなんでだろう?と不思議ふしぎおもいました。

もうまえみたいなへんはなじゃない。

普通ふつうはなになったのに、なんでまだわらわれるんだ?とかんがえました。

最初さいしょは、多分たぶんきゅうかおわったからかな。

まだみんなこのあたらしいはな見慣みなれていないから、可笑おかしくてわらうんだろうなとおもいました。

でもなんかちがう…なんかそれだけじゃないべつ理由りゆうがありそうだとおもって、ずーっとかんがえていました。

ぼうさんはかんがえてかんがえて、こんなことにづきました。

人間にんげんこころには、矛盾むじゅんするふたつの気持きもちがある。

ひとつは同情どうじょうする気持きもち。

不幸ふこうひと、かわいそうなひとて、あぁかわいそうだなぁと同情どうじょうする気持きもち。

でもじゃあ、そのかわいそうだなぁって同情どうじょうしてた相手あいてが、不幸ふこうえてしあわせになったら…

そうしたら人間にんげんというのは、なんか物足ものたりない、なんか面白おもしろくない、つまらない、そういう気持きもちになって、そのひとをもう一度いちど不幸ふこうにしたくなる。

人間にんげんにはそういうふたつの矛盾むじゅんするかんじょうがあるんだ。

ということにおぼうさんはづいたんです。

ぼうさんの場合ばあいは、ずーっとながはななやんでいましたね。

ながはなのために不幸ふこうだったわけですよね。

元々もともとまわりのひとたちは、おぼうさんのながはなわらいながらも、おぼうさんかわいそうだなぁ、あんなはなでかわいそうだなぁと同情どうじょうする気持きもちがありました。

でもいざおぼうさんのはな普通ふつうながさになったら…

ずーっとなやんでいたながはなみじかくなって、おぼうさんがしあわせそうなのをたら…

まわりのひとは、なんか面白おもしろくない、なんかつまらないな、おぼうさんがまた不幸ふこうになればいいのにという気持きもちになって、以前いぜんにもしてバカばかにしてわらった。

そういうことか!とおぼうさんはおもいました。

あるよるはなかゆくてねむれないがありました。

つぎあさぼうさんがますと、はなもとながはなもどっていました。

ぼうさんは、まえはあんなになやんでいたながはなもどって、よし!これでもうだれわたしのことをわらわないだろう、もうバカばかにされない!とれとした気持きもちになりました。

はなしはこれでおしまいです。

今日きょう芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの「はな」という短編たんぺん小説しょうせつ紹介しょうかいしました。

今日きょうはこれでおしまい。またね。

この人は芥川龍之介といいます。明治時代のとても有名な小説家です。彼の代表作には、例えば「羅生門」や「藪の中」などがあります。今日は芥川龍之介の代表作の一つ、1916年に書かれた「鼻」という短編小説を、わかりやすい言葉で話します。

「鼻」芥川龍之介 作

あるところにお坊さんがいました。このお坊さんにはある悩みがありました。それは鼻が太くて長いことです。お坊さんの鼻は15cmくらいありました15cm。ぶらーんと顎の下まで垂れ下がっていました。

鼻が長いととても不便です。例えば汁を飲もうとするとどうなるでしょう。お椀に鼻が浸かってしまいます。困りますね。お坊さんはどうやって食事をしていたんでしょう。お坊さんは一人で食事をすることができませんでした。食事をする時は、必ず弟子を呼びました。そして、弟子に板で鼻を持ち上げてもらっていました。長くて垂れ下がった鼻を持ち上げてもらわないと、食事ができませんでした。

周りの人はお坊さんの鼻を見て笑いました。バカにして笑っていました。お坊さん自身も、自分の鼻のことをすごーく気にしていました。太くて長い鼻がコンプレックスでした。でも鼻のことを気にしているということを、周りに知られたくありませんでした。なので、私の鼻?普通だよ?と気にしていないふりをしていました。気にしていないふりをしていたけど、心の中ではずーっと悩んでいました。

お坊さんはこのコンプレックスを克服するために、色々試してみました。例えば、この角度がいいかな、この角度がいいかなと、どの角度が一番鼻が短く見えるかを試したり。あとは自分以外にも、同じように長い鼻を持つ人がいないか探してみたりしました。仲間を見つけて安心したかったのかもしれませんね。でも見つかりませんでした。

ある日弟子の一人がお坊さんのところに来て「お医者さんから鼻を短くする方法を聞いてきました。」と言いました。どんな方法かと思って聞いてみると、その方法とは、鼻を熱いお湯で茹でた後、弟子が鼻を足で踏むというものでした。そんな方法で鼻が短くなるなんて、ちょっと信じられませんよね。だけどお坊さんはずーっと長い鼻がコンプレックスで悩んでいたので、本当かな?と思いつつも、やってみることにしました「よし!じゃあやってみよう」と言って、その方法を試してみることにしました。

まず熱湯で鼻を茹でました。そして茹でた鼻を、弟子に踏んでもらいました。すると鼻からなんか出てきました。それを毛抜きで取って、もう一度熱湯で茹でました。そしたら、なんとあんなに長かったお坊さんの鼻が、本当に短くなったんです。顎の下まであったお坊さんの鼻が、嘘のように短くなりました。普通の人の鼻と変わらない長さになりました。

お坊さんはどんな気持ちでしょう。当然嬉しいですよね。気にしないふりをしていたけど内心あんなに気にしていた長い鼻が、普通の長さになったんですからね。お坊さんは、よしこれでもう誰も鼻を見て笑ったりしないだろう、もうみんなにバカにされることもないだろうと思いました。よしもう笑われないぞと思って堂々と外を歩いていました。

ところが、普通の長さになった鼻でお坊さんが外を歩いていると、周りの人が以前にも増して笑うんですよ。ゲラゲラと腹を抱えて笑うんです。みんな前の鼻が長かった頃以上に、お坊さんのことをバカにするんです。お坊さんは何でだろう?と不思議に思いました。もう前みたいな変な鼻じゃない。普通の鼻になったのに、なんでまだ笑われるんだ?と考えました。

最初は、多分急に顔が変わったからかな。まだみんなこの新しい鼻に見慣れていないから、可笑しくて笑うんだろうなと思いました。でもなんか違う…なんかそれだけじゃない別の理由がありそうだと思って、ずーっと考えていました。お坊さんは考えて考えて、こんなことに気づきました。

人間の心には、矛盾する2つの気持ちがある。1つは同情する気持ち。不幸な人、かわいそうな人を見て、あぁかわいそうだなぁと同情する気持ち。でもじゃあ、そのかわいそうだなぁって同情してた相手が、不幸を乗り越えて幸せになったら…そうしたら人間というのは、なんか物足りない、なんか面白くない、つまらない、そういう気持ちになってその人をもう一度不幸にしたくなる。人間にはそういう2つの矛盾する感情があるんだ。ということにお坊さんは気づいたんです。

お坊さんの場合は、ずーっと長い鼻に悩んでいましたね。長い鼻のために不幸だったわけですよね。元々は周りの人たちは、お坊さんの長い鼻を見て笑いながらも、お坊さんかわいそうだなぁ、あんな鼻でかわいそうだなぁと同情する気持ちがありました。でもいざお坊さんの鼻が普通の長さになったら…ずーっと悩んでいた長い鼻が短くなって、お坊さんが幸せそうなのを見たら…周りの人は、なんか面白くない、なんかつまらないな、お坊さんがまた不幸になればいいのにという気持ちになって、以前にも増してバカにして笑った。そういうことか!とお坊さんは思いました。

ある夜、鼻が痒くて眠れない日がありました。次の日の朝お坊さんが目を覚ますと、鼻は元の長い鼻に戻っていました。お坊さんは、前はあんなに悩んでいた長い鼻に戻って、よし!これでもう誰も私のことを笑わないだろう、もうバカにされない!と晴れ晴れとした気持ちになりました。

お話はこれでおしまいです。今日は芥川龍之介の「鼻」という短編小説を紹介しました。今日はこれでおしまい。またね。

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